oremoreさんが、トラックバックしてくださった。

簡単に書くと、ミクソでは壺的世界とか、馬鹿的世界とかがすみ分けられてて、ほんど交流がなくなってて、たまに交流があるとコンフリクトおこして、退会とかして、また別IDで入ったりして、コンフリクトがめんどっぽくなると、運営側が独断でid削除したりして、また別IDで入り直したりして、つまり他人たちのたまり場と化していて、それは、検索機能が弱いからで、だからミクソは運営側がキモさ満点だけど、利用側としては普通なんだけど、はてなのきもさは、運営側も利用側も、壺的世界観を共有していることだよ。自分たちははてなメンバーだってゆーゆるやかな共同体意識みたいなのをもってるのが、キモイんだよ。そしてその代表的なメンバーがたぶんオライリールールの人なんだが、オライリールールの人はそのことをわからないんで、馬鹿丸出しで楽しいなぁ、とか思いました。
http://www.motoshi.info/oremore/MT/2006/06/post_249.php

たしかにmixiは、システム的に、「マイミクシィ」を中心としたユーザー集団が内外に衝突することがないように、なっていると思います。衝突があるとすれば、「コミュニティ」におけるユーザー集団同士の接触が契機になることが多そうですね。意図されたものかどうか分からないレベルでゾーニングが行われているという面で、一般社会に近いような印象を受けました。
はてなは、ユーザー同士が、一般性を保った議論をしているという名目で語り合いながら、同時に自分たちを批評的な場所に退避させているのが奇妙に感じます。個人的には、はてなユーザーからの賛同を得やすい意見をこそ一般として見るような、思考パターンが一定のユーザーにあるように考えています。これは、論理性を議論のベースに求めてしまったが故に、mixiよりも幅広い言論が成り立ちにくくなっているという皮肉な状況です。はてなの運営陣は理想主義的ですし、ユーザーも公平・公正を第一に掲げていますが、むしろ極端に異なるユーザー同士が共存しにくい場所になっているわけです。
しかしこのような考え方をすると、人間はわかりあえないということについて、どうしようもない寂しさがつのります。